主な問題点

OECD諸国の経済において、小売部門の重要性は突出している。小売部門は川上部門(生産者)から消費者への橋渡しを行い、GDPのほぼ5%を占め、労働者のおよそ12人に1人が働いている。COVID-19により小売部門は大混乱に陥ったが、そのショックにより実店舗とオンラインショップ、生活必需品を提供する店舗(essential stores)とそうでない店舗、小規模業者と大規模業者の差が歴然となった。

各国政府は、企業、労働者、消費者のために小売部門を危機の影響から保護し、その回復力(resilience) を強化することを目的として、次の5つの政策措置を早急に講じる必要がある。

  • 短期資金援助制度は、企業規模にかかわらず、全ての小売企業が利用できるようにする。

  • 生活必需品を扱う小売業者が、特に小売業の労働力の需給マッチングの円滑化、健康及び安全基準についての指針の提供などによって、労働力の供給不足に対応できるようにする。

  • 小売企業がソーシャル・ディスタンシング対策を実施できるように支援する。

  • 今回の危機の終息後に、小売部門内で十分な競争性が維持されるようにしておくこと。

  • 販売チャネルを多様化し、特に小規模の実店舗を持つ小売業者のオンライン事業化を支援することで、小売企業の回復力を強化する。

 小売部門の重要性と特徴

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックを抑えるために過去数カ月にわたって採られた制限措置は、小売部門の供給、需要、日常業務に直接影響を与えている。小売部門には、主に一般の人々に対する、個人や家庭での消費、使用のための新品・中古品(自動車とオートバイを除く)の全再販活動が含まれる。

小売業への影響が全体的に大きいことには、様々な要因がある。小売部門は経済的な比重が大きい。OECD諸国平均で、労働者のおよそ12人に1人が小売業に従事しており、GDPに占める割合はほぼ5%に上る。さらに、小売部門は主に最終需要に関わっているため、家計への供給者として、また川上部門にとっては販路として、価値連鎖の中で重要な位置を占めている。また観光業など、今回のパンデミックにより大きな打撃を受けた他部門において、補完的な活動を行うことも多い。さらに、小売部門は非常に労働集約的であるため、どのような途絶が起きても雇用の不均衡に結びつく。そして、この部門は低賃金労働者、パートタイマー、オンコール・ワーカーやギグワーカーなどの非標準労働者に依存しているが、こうした労働者は従来の社会保障措置の対象になっていない場合が多く、それが小売部門において今回の危機の社会的影響を悪化させている。

 
図 1. 小売の生活必需品とそれ以外の商品における需要の変化
2019年4月~2020年4月の小売商品に関するGoogle検索の増加率(%)

注:このグラフは小売の生活必需品(Essential retail items)とそれ以外の商品(Non-essential retail items)の検索件数の増減(全検索件数により正規化)を、関連するカテゴリー増加率の単純平均で表示。生活必需品のカテゴリーには、「消費者向け電子機器」、「食料品・日用品」、「薬品 」が含まれる( del Rio-Chanona et al., 2020を参照)。生活必需品以外のカテゴリーには、「贅沢品」、「家電製品」、「家具類」、「旅行用かばん・用品」、「洋服」、「贈答品・イベント用グッズ」などが含まれる。Google検索は、需要を測る代替指標としては未完成で、解釈には十分な注意が必要である。特に、小売りの生活必需品の検索件数の増加は、純粋な需要増よりも、こうした商品のオンラインショッピングへの移行を反映していると考えられる。それでも、こうしたデータには多数の国々についての情報が得られ、比較ができるという長所がある。

出典:Googleトレンド及びOECDによる算出。

それと同時に、COVID-19危機の小売部門への影響は不均一で、下記の3つの特徴の複合効果に左右される。1つ目は、ソーシャル・ディスタンシング対策の個々の小売事業への影響は、その事業が必須と見なされているかどうかに左右される。必須ではない小売活動のほとんどが閉鎖された一方で、必須の小売事業は、労働力の供給不足、供給網の途絶や労働条件の混乱、特定商品に対する需要の急増など、厳しい状況で営業していた。例えば、アメリカセンサス局(Census Bureau)によると、米国では2020年4月は衣類関係の小売業者の売上が対前年比で89.3%下落する一方で、食料品店の売上は13.2%増加した。EU統計局(Eurostat)によれば、EUでは、2020年4月は食料品以外の商品の売上が対前年比で23.8%低下したのに対し、食品、飲料、タバコの売上は1.2%上昇した。インターネット検索に関するデータからは、ほとんどのOECD諸国、特にパンデミックの影響が最も深刻な国々で小売りの生活必需品とそれ以外の小売商品の差が広がっていることが分かる(図 1)。2つ目の特徴は、ロックダウン及びソーシャル・ディスタンシング措置は、オンラインの小売業者よりも実店舗を持つ小売業者に大きな影響を与えており、最終的には店舗での小売業からオンラインショップへの移行が加速する可能性があるということである。例えば、フランスでは、ニールセン(Nielsen)の報告によると、消費財の売上全体に占める電子商取引の市場占有率は、2019年は6%未満だったが、外出制限期間中にほぼ10%にまで急上昇した。英国国家統計局(Office for National Statistics)によると、英国では、オンラインでの小売支出額に占める割合は、2019年4月には19.1%だったが、2020年4月には過去最高の30.7%を記録した。3つ目の特徴は、小売部門では、流動性ポジションや外部金融の利用状況の違いとの関連で、危機を乗り越えるための様々な能力を備えたビジネスが共存しているということである。

 小売部門を支援し、その回復力を強化するための政策

各国政府は、パンデミックが起きなければ健全であったはずの企業が現在の危機を生き延びる手助けをしその雇用を守るために、小売部門が現在直面している3つのショック(需要ショック、供給ショック、生産性ショック)を乗り切れるよう支援する必要がある。短期的には、小売企業をビジネス部門の他の企業と同様に支援する必要がある。ただし、小売部門の特徴を考慮した政策対応が求められる。

第1に、各国政府は、小売業者が短期資金援助策をすぐに利用できるようにすることで、事業を継続できるようにする必要がある。生活必需品以外の商品を扱う小売活動は、ロックダウンによりかつてないほど需要が落ち込んでおり、短期資金援助は、通常であれば支払能力を有していた小売業者の「事故死」を回避するのに役立つ。各国政府はすでに大規模で横断的な緊急支援を行っているが、こうした支援は零細個人商店であっても大手チェーン店であっても、全ての小売企業が利用できるようにする必要がある。ただし、非常事態でない場合は、短期資金の支援策は、ビジネスの活力に悪影響を与えないようにするために、存続可能な企業に限定して支給すべきである。

第2に、各国政府は、生活必需品を扱う小売業者が労働力の供給不足に対処できるよう支援する必要がある。生活必需品を扱う小売企業は、封じ込め措置や外出制限のせいで、商品需要の急増と労働力の供給の落ち込みを同時に経験している。例えば、英国では、ニールセン(Nielsen)の報告によると、ロックダウンが始まる直前の週の常温保存食品の売上は、2019年の同週の倍以上になったのに対して、食品流通研究所(Institute of Grocery Distribution)は、ロックダウンの初期における従業員の欠勤率は20%以上に上ったと報告している。各国政府は、世帯が生活必需品を入手できるようにするため、下記の4タイプの方策を講じている。1)小売従業員に対する報奨金の拡大、2)生活に必須の活動に対する労働市場規制や小売業規制の一時的な緩和、3)小売業の雇用に対する需給マッチングの円滑化、4)従業員の不安に対処するため、小売店における健康及び安全に関するガイダンスを提供(実例についてはコラム1を参照)。こうした方策は、労働者の暮らし良さ(well-being)を損なう結果にならないよう、広く認められている責任のあるビジネス行動基準に従うべきである。こうした方策の効果の有無は、雇用主とその従業員との間の社会対話の質にかかっている(例えば、小売業者と労働組合の共同声明を参照)。

第3に、各国政府は、従業員と顧客の安全のため、ソーシャル・ディスタンシング対策を実施する小売企業を支援する必要がある。柔軟な営業時間や販売・配送時の健康・安全基準についての明確で具体的な指針などの方策がある(実例についてはコラム1を参照)。しかし、ソーシャル・ディスタンシングは小売業者の生産性に大きな影響を与える(例えば、個人の防護具にかかる追加費用や入店客の制限など)。政府は、情報の滞りや規制の不確定性を減らし、個人保護具の供給を安定させ、顧客とのコミュニケーションを支援するなどして、小売業者の生産性対するこうしたショックを緩和することができる。さらに、政府は実店舗における割引販売について規制を再評価する必要がある。いくつかの国々では、現行規則で短期間に限り一定の値下げが認められているが、これはソーシャル・ディスタンシングの取り組みを無にするばかりでなく、ビジネス戦略によってCOVID-19による収入減を補おうとする小売業者の能力を制限することにもなりかねない。

第4に、各国政府は、今回の危機後に、小売部門内で十分な競争性が維持されるようにする必要がある。政府が最善の努力をしても、COVID-19危機により多くの小売業者が廃業するだろう。その影響は実店舗の小企業に偏っており、オンライン企業や大手企業は生き残る可能性が高いため、非対称になると考えられる。したがって、この危機によって小売業の地域拠点がさらに失われ、同部門内で進行中の統合に拍車がかかることも考えられる。小売部門では上位8事業グループの売上が小売業全体のそれに占める割合は、2014年の時点でほぼ80%に達していた(図2)。さらに、COVID-19危機という異例の事態にあって、特に必需品の供給網においては、供給を途絶させないために競合者間で協力することが合法になる場合がある。こうした状況を考慮して、政府は消費者に悪影響が及ばないように十分な競争性を確保する必要がある。特に、競争を管轄する当局は、今回の危機の最中も危機後でも、搾取的な価格設定を取り締まるとともに、引き続き合併活動を注視する必要がある。 さらに、OECD諸国のうち数カ国では、政府が登録や許可の要件を緩和して参入コストを低くし、新しい小売企業の新規参入を促進する余地がある(図3)。

 
図 2. 小売業における産業集中
小売業界全体の売上に占める上位8事業グループの売上高の割合(2002~14年)

注:産業集中は、各対象国(ベルギー、フィンランド、フランス、イタリア、日本、スペイン、スウェーデン、英国、米国)のそれぞれの産業において、上位8事業グループの売上が業界全体の売上に占める割合で測る。企業経済には製造部門と非金融市場サービス部門の2桁の産業が含まれる。小売業は、ISIC Rev4(国際標準産業分類第4版)/NACE Rev2(欧州共同体経済活動統計分類第2版)の中分類のコード47である。 この図の数値は国と産業のペア全体にわたる集中比率の単純平均である。

出典:Bajgar et al. (forthcoming), “Supersize me: Intangibles and industry concentration”.

 
図 3. 小売業における商品市場規制
小売業における企業参入と競争に対する規制障壁指標、2018年

注:複合指数は下記の4項目に基づく:登録及び許可、店舗営業時間の規制、小売価格の規制、オンライン販売の規制。

出典:OECD (2020), Product Market Regulation Indicators (database), http://oe.cd/pmr.

第5に、小売部門は、ショックに対する回復力を増強する取り組みから恩恵を受けられる。実店舗で営業する小売業者は、特にその活動をオンライン販売へと広げることで販売チャンネルを多様化することができる。例えば、韓国政府は零細事業者がオンライン販売プラットフォームに参入するための支援を強化している。日本では、政府が事業継続緊急対策助成金を提供し、これによって企業はその販売チャネルを多様化、拡大することができる。政府は、経済支援の他に、従来型の小売業者がオンライン販売に参入することを阻む規制障壁(認可や地域ごとの規則など)やオンライン販売の需要に影響を与える枠組み条件(デジタル・リテラシー、消費者保護、支払システムの安全性と信頼性など)にも注意を払うべきである。最後に、COVID-19は食品や農産物の供給に複雑に影響を与えているため、小売部門は、特に、商品の仕入れ先の多様化や在庫管理の改善、データアナリティクスの活用などによって売上や供給網への圧力について予測を向上させることによって、必要に応じて供給網の回復力について検討すべきである。

 
コラム 1. COVID-19危機下の労働力の供給途絶に対し、生活必需品を扱う小売業者を支援するOECD諸国の政策例

下記の政策措置は企業支援に焦点を当てている。これは、労働者の所得支援、小売業を始めとする封じ込め措置の影響が最も深刻な産業部門の非標準的労働者への支援を目的とした政策の補完的役割を果たしている。

小売業の仕事に対する需給のマッチングの円滑化

多くの小売業者がパンデミックにより労働者の解雇を余儀なくされた一方で、消費者の需要の高まりに対応するため、労働者を追加雇用している小売企業がある。各国政府(オーストラリア、フランスなど)や小売業団体(米国など)、あるいは大企業(アリババなど)は、小売業を含む必須サービス部門の求人オンラインプラットフォームを設置し、取引費用の削減や労働者の再配置プロセスの迅速化を図っている。

  • オーストラリア:ジョブハブ(Job hub)は小売業を含む特定の部門に焦点を当てている。

  • フランスmobilisationemploi.gouv.fr は、Pôle emploi(全国規模の職業紹介機関) 主導のプラットフォーム。「優先順位の高い部門」(物流など)でマッチングを向上させることを目的とする。

  • 米国「COVID-19により失業した労働者のための雇用機会(Job opportunities for workers displaced by COVID-19)」は全米小売業協会(National Retail Federation)が立ち上げたプラットフォーム。小売業における求職活動とマッチングを容易にすることを目的とする。

小売店における健康及び安全に関する指針の提供

多くの小売業者、特に中小企業は、パンデミックの最中に適切な健康・安全対策を実施するための能力や知識が不足している。生活必需品を扱う小売店に実践的な指針を提供することで、小売業の雇用主、雇用者、消費者の不安が軽減される。

  • アイルランド:政府とアイルランド規格協会(National Standards Authority of Ireland)は小売業者に、衛生対策を含む事業継続のための指針を提供している。

  • フランス:経済金融大臣と労働大臣が小売業の専門家機関に要請した健康・安全基準が2020年3月に公表された。

小売業の従業員に対する報奨金の増額

小売従業員は高い感染リスクにさらされており、感染への恐れから労働力の供給が減少する傾向がある。国によっては、政府が直接ボーナスを支給したり(例:イタリア)、非課税のボーナス制度を導入して、企業が従業員の意欲を高める援助をしたりして(例:フランス)、給与の割り増しを行っている。

生活必需品を扱う小売業の活動に対する規制の一時的な緩和:

小売業は労働集約的であり、大手企業は通常、事業間、地域間、事業所間での雇用者の異動を制限する部門全体に適用される労働法規(団体交渉など)に従っている。生活必需品の供給を促進するため、規制を一時的に緩和し、営業時間を柔軟にしたり(例:ベルギー、フランス)、時間外勤務を許可したり(例:ドイツ、フランス)、従業員の異動を促進したり(例:ベルギー、フランス)、他の部門で一時解雇された労働者が失業給付を受け取りながら、または短時間勤務に従事しながら小売業でパートタイムで働くことを許可したりしている(例:ベルギー、フランス、英国)国もある。

  • ベルギー:ソーシャルパートナーとの話し合いにより、営業時間、企業間や地域間の従業員の異動、一時的に失業給付を受け取りながら柔軟に働く(パートタイム)可能性について、暫時的な規制緩和を行う。

  • フランス: 企業間の従業員のまた貸しに関する規制緩和、労働法の一時的な緩和(1日あるいは1週間単位の認可労働時間の延長、交代制勤務の間の法定休憩時間の短縮、日曜日勤務の緩和など)。

  • ドイツ: 法改正により週当たり労働時間の上限を引き上げ、休憩要件を変更し、日曜日労働をしやすくしている。また、専業運転手の免許がなくても生活必需品の配送ができるよう一時的に許可している。

  • 英国:コロナウイルス雇用維持制度(Coronavirus Job Retention Scheme)により、労働者は一時解雇中、他の雇用主の元で働くことが許可されている。

参考文献

Bajgar et al. (forthcoming), “Supersize me: Intangibles and industry concentration”, OECD Science, Technology and Industry Policy Paper, OECD Publishing, Paris.

Del Rio-Chanona, R.M. et al. (2020), “Supply and demand shocks in the COVID-19 pandemic: An industry and occupation perspective”, INET Oxford Working Paper No. 2020-05, https://www.inet.ox.ac.uk/files/COVID_JobSecurity_writeup14april.pdf.

ILO (2020), “COVID-19 and food retail”, ILO Sectoral Briefs, https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---ed_dialogue/---sector/documents/briefingnote/wcms_741342.pdf.

OECD (2020), “Corporate sector vulnerabilities during the Covid-19 outbreak: Assessment and policy responses”, OECD, Paris, www.oecd.org/coronavirus/policy-responses/corporate-sector-vulnerabilities-during-the-covid-19-outbreak-a6e670ea/.

OECD (2020), “COVID-19 and the food and agriculture sector: Issues and policy responses”, OECD, Paris, https://read.oecd-ilibrary.org/view/?ref=130_130816-9uut45lj4q&title=Covid-19-and-the-food-and-agriculture-sector-Issues-and-policy-responses.

OECD (2020), “Government support and the COVID-19 pandemic”, OECD, Paris, https://www.oecd.org/coronavirus/policy-responses/government-support-and-the-covid-19-pandemic/.

OECD (2020), “SME policy responses”, OECD, Paris, https://read.oecd-ilibrary.org/view/?ref=119_119680-di6h3qgi4x&title=Covid-19_SME_Policy_Responses.

OECD (2020), “Tax and fiscal policy in response to the coronavirus crisis: strengthening confidence and resilience”, OECD, Paris, https://www.oecd.org/coronavirus/policy-responses/tax-and-fiscal-policy-in-response-to-the-coronavirus-crisis-strengthening-confidence-and-resilience/.

OECD (2020), “Supporting people and companies to deal with the COVID-19 virus: Options for an immediate employment and social-policy response”, OECD, Paris, www.oecd.org/coronavirus/policy-responses/supporting-people-and-companies-to-deal-with-the-covid-19-virus-options-for-an-immediate-employment-and-social-policy-response-d33dffe6/.

OECD (2019), Unpacking E-commerce: Business Models, Trends and Policies, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/23561431-en.

TwitterFacebookLinkedInEmail