新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機により長期介護(long-term care, LTC)部門が注目を集めている。高齢者とその介護従事者は、COVID-19の大流行の被害を不当に被っている。多くのOECD諸国では、感染の拡大を封じ込め、弱者への影響を緩和する対策を講じている。しかし、この医療危機によりLTC部門が以前から抱えている構造上の問題が浮き彫りになり、さらに悪化している。介護従事者の労働条件は厳しい。さらにスキルのミスマッチ、他の医療部門との連携不足、また安全基準が不適切またはその実施が不十分という問題がある。今後に向け、適切な労働条件で介護の質と安全を優先させ、妥当なレベルの訓練を受けた職員を確保するには、LTCの労働力とインフラに対する投資を増やすことが求められる。
新型コロナウイルス感染症のパンデミック期における長期介護の労働力と安全性
Abstract
長期介護部門は感染症の流行に対して特に脆弱
長期介護(LTC)サービスは、人々が年齢を重ねでもできる限り独立した安全な生活を送れるよう手助けをする。COVID-19により介護に頼る多くの人々が病に倒れ、LTC従事者も感染の危機にさらされたことで、LTC部門は非常に大きな打撃を受けている。COVID-19による死者の多くは高齢者で、特にLTCサービスを受けている高齢者の半数を占める80歳以上の死亡率が高い (図 1).
フランスやイタリア、スペイン、米国など被害が甚大な国々では、介護施設の入居者の死亡率が高い。自宅で介護を受ける高齢者の割合は10人中7人近いが、オーストラリアやフランスのように、施設に入居する高齢者の割合が非常に高い国もある(オーストラリアは45%、フランスは41%)。フランスではCOVID-19による死者全体の約半数が介護施設の入居者と推定されている。ベルギーでもCOVID-19による死者の半数がLTC施設の入居者だった。 多くのLTC入居者は検査を受けていないため、実際の数字はこれよりも高くなる可能性がある。自宅で暮らす高齢者もリスクと無縁ではいられず、ウイルスそのものによるリスクとソーシャル・ディスタンシングの取り組みに伴う社会的孤立や孤独感によるリスク双方にさらされている。
パンデミックのリスクに自らもさらされているLTC従事者は、圧倒的に女性が多く、また医療部門の中でも特に低賃金である。労働環境は非常に厳しくかつ仕事が多いため、離職率が高い。OECD諸国のLTC従事者のおよそ55%が施設勤務であり、90%以上が女性である。
OECD諸国の多くは、高齢者とLTC従事者双方に対してCOVID-19の影響を緩和する措置を講じている。LTC施設では、感染拡大を抑える対策として面会の禁止、感染者の隔離、清掃の強化を行っている。例えば、スペインとフランスの介護施設はグループ活動を制限している。韓国では診断検査を優先的に実施する対象に介護施設を含めている。
しかし、パンデミックの被害が高齢者に偏っているにもかかわらず、対策はあまりに少なく、遅すぎる場合が多い。ほとんどの国で感染を遅らせるために保護具の着用と検査の実施を義務付けているが、介護従事者はその不足に悩まされている。介護従事者は、在宅でも施設でも感染リスクが高く、また多くの介護従事者が複数の場所で働いていることから、患者に感染させるリスクも高い。病院を退院した患者が介護施設に戻ってウイルスを広める可能性もある。
OECD諸国の中には、パンデミック対応でコストがかさんでいるLTCに対して財政支援を増額している国々がいくつかある。オーストラリアは介護従事者数を増やす計画を発表し、スペインでは必要に応じて施設に介入する緊急対応チームを設置した。ドイツでは、特にLTC部門の最低賃金を引き上げたりLTC従事者にボーナスを支給したり保護具の配布を促進したりするために、LTCに対する財政支援を行っている。フランスもまた、介護従事者に対するボーナスや施設の追加コストを一部負担するなどの形で支援を表明している。
今回のパンデミックにより、投資不足、人材の配置、安全性など、LTCが抱える構造的な問題が浮き彫りになっている。LTC従事者は必ずしも適切な医療研修を受けているとは限らず、感染症への対応手順やその他の予防活動を実施する能力があるわけでもない。感染症の発生により、職員自身が疾病休暇を取ったり出勤を恐れたりするため、欠勤が多くなる。在宅介護部門でも、LTC従事者の欠勤により、インフォーマルな介護者または家族介護者の負担が重くなっている。
LTC部門では、資格のある医療スタッフの不足と、他の医療部門との連携不足という構造的な問題により、今回の危機がより差し迫ったものになっている。医療の専門家と接する機会が限られているため、入居者や職員の症状を正しく特定することに限界がある。また、例えば、LTCの現場で呼吸療法サービスを行えるようにするなど、救急医療との調整にも改善の余地がある。
LTC部門の不十分かつ不適切な労働力
OECD諸国では高齢化が加速しており、より多くのLTCをより多くの高齢者に提供するという需要は高まっている。OECD諸国では、平均すると、全人口に占める80歳以上の割合が現在の約5%から2050年にはほぼ10%まで上昇すると推定されている。これから数十年の間、今日の介護者と高齢者の比率を維持するためには、OECD全体のLTC従事者の数を2040年までに60%(介護従事者を1,350万人追加することに相当)増やす必要があるだろう (OECD, 2020[1])。
介護を受ける高齢者のニーズも複雑さを増している。複数の慢性疾患や認知症を抱えながら介護を受ける高齢者が増えている。入居者の健康状態や要介護状態が悪化する一方で、LTC部門の労働力構成(workforce mix)や介護従事者のレベルについては、規制がほとんどなく停滞している。OECD諸国のLTC従事者で高等教育修了者の割合は4分の1に満たない。看護師の資格を持たない個人介護従事者がLTC部門の労働力の大半(70%)を占めており、就職の要件は非常に低い。
LTCで提供されるサービスとLTC従事者の知識や能力、スキルにはずれがある。個人介護従事者の最低教育水準を定めたり、正式な証明書の提出を求めたりしている国は半数未満で、個人介護従事者が十分な訓練を受けていることを保証する制度がある国はほとんどない。LTC従事者のスキル不足で一般的なのは、高齢者疾患(認知症、フレイルなど)、安全性、病院退院後の介護ニーズ、危機管理、終末期介護などに関する知識である。
劣悪な労働条件がLTCの問題を悪化させる
LTC従事者の賃金は最低レベルで、医療部門の他の分野で働く同様の資格を持つ人々と比べてはるかに低い。OECD加盟11カ国におけるLTC従事者の時給中央値は9ユーロ(2014年)だったが、病院で同じ職種に従事する職員のそれは14ユーロだった。低賃金は、LTC部門の離職率が高い理由の一つである。
また、LTC部門では非標準雇用(シフト制、パートタイム、臨時雇用など)が一般的である。臨時雇用は頻繁に利用されており、雇用主と労働者双方にとって融通が利くという利点があるが、この部門の仕事の不安定さや不十分な社会保障、また患者にとっては継続的な関係が築けない原因にもなっている。OECD加盟20カ国の平均で、LTC従事者の半数がシフト制で勤務しているが(半日勤務など)、シフト制勤務は不安や過労、鬱症候群など様々な健康リスクの原因となっている。
LTCの介護従事者は肉体的にも精神的にも過酷な労働条件で働いている。多くの職員が時間的に厳しい圧力を受けつつ過剰な仕事量を抱えている。介護の仕事はきついため、LTC部門は介護従事者の病気を原因とする欠勤率の高さに悩まされている。
OECD諸国全体で、LTC従事者の3分の2近く(65%)が身体的なリスク要因に悩まされている。患者を動かしたり、移動させたり、体勢を変えたりする行為によって介護従事者が怪我をするリスクは高い。さらに、LTC従事者の46%が、特に認知症患者の攻撃的な行動など、介護を受ける人々の行動にストレスを感じ、精神衛生上のリスクにさらされている。LTC従事者の中には、暴力や嫌がらせによる被害を報告する者もいる。
LTC部門は安全面のリスクにさらされやすい
LTC部門では、避けられたはずの事故が広がっている。調査によると、LTCの現場で起きている事故の半分以上が回避できるもので、LTC施設入居者の入院件数の40%以上が予防できるものである (OECD, forthcoming[2])。
LTC施設の入居者は、免疫不全や慢性疾患を抱えていることが多く、特にCOVID-19危機の最中にあっては、通常時以上に感染リスクが高まる。入居者は介護従事者や他の入居者と常時緊密に接触するため、気管支系やその他の感染症が広がりやすい (Stuart, Lim and Kong, 2014[3]) 。その結果、COVID-19危機が発生する前から、LTCにおける施設内感染は日常的だった。2016~2017年には、OECD諸国のLTC施設入居者の感染率は平均3.8%だった (Figure 2)。
LTCにおいて安全性が欠けている原因の一つは、資源不足である。職員の配置、必需品の供給、治療が適切に行われなければ、安全で良質なLTCの実現は難しい。安全性にかかわる問題の根本的な原因には、ほとんどの場合、予防策の改善や安全性を考慮した実践、人材開発―高度な資格や特定の証明を取得するための研修を促進することなど―によって対処できる。
OECD諸国の中で、医療部門と社会サービス部門の間や医療部門内の様々な部署間で、介護をもっと統合しようとする政策を実施している国は3分の1に過ぎない。調和の欠如は高齢者にとっては特に有害で、不要な入院、長期入院、再入院などのリスクが高まる。
人材への投資は不可欠
仕事の質が向上すれば介護の質も向上し、離職率は低下し、提供される介護も改善する。初任給を引き上げ、昇進の機会を提供することで、LTC部門で働き続ける動機づけができる。例えば、フランスは、このCOVID-19危機の最中に介護従事者に賞与を支給すると発表している。
ノルウェーやオランダでは、賃金の他に、職場での事故や疾病の予防策を改善することで労働環境の健全化を推進しており、これにより欠勤や離職者を減らすことができる。LTCにおいて、勤務時間の柔軟性を高め、日常業務の整理やシフト計画を改善して働き方を変え、また介護ホームにおけるリーダーシップを改善して雇用者の権利を強化することも必要である。
また、スタッフの割合や資格、インフラ、生活環境の改善などの最低基準を満たすように、安全基準を作成、実行すべきである。さらに、こうした基準の実践状況を適切に測定する必要がある。例えば、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデンでは、全国レベルの指標を用いて、LTC入居者の生活の質と安全性を把握している。
今後も、LTCのニーズのほとんどは、低技能の作業を担う個人介護従事者が引き続き行うと見られる。しかし、もっと高度な高齢者介護や医療と協調した介護を行う能力を備え、また親しみのあるコミュニケーションスキルを備えたLTC従事者も必要とされている。政策設計においては、介護施設入居者の医学的に複雑な健康状態にも対処できるように職員配置の適切な水準を確保しなければならない。ドイツではそのために、科学的根拠に基づくスキルミックス(職種混合)決定ツールが開発されている。
目的に適ったテクノロジーと、他の医療制度との調整改善も有益
目的に適ったテクノロジーをLTCで多用することにより、生産性が向上する。それによって専門家は自動化できる仕事から解放され、介護を必要とする人にとって最も重要な活動に集中できるようになる。高齢者に関するデータの記録作業は、多くの国でまだ手書きで行われており、多くの時間と労力を要する作業である。看護師や個人介護従事者は事務的な報告作業に勤務時間の3分の1を費やしている。電子デバイスは、モニタリングを目的とした患者データの記録作業を自動化し、チーム間(介護ホームと病院間など)のコミュニケーションを強化するのに有益である。例えば、ノルウェーでは介護従事者のデジタルスキルの向上を目的とした戦略を全国規模で展開している。
最後に、COVID-19危機が証明しているように、LTCと一次医療(プライマリーケア)、急性期医療の間の重要なつながりを無視することはできない。COVID-19の地域的流行期には、感染の早期発見や予防策に関する職員研修の実施、人工呼吸器などを必要とするより重篤な患者を扱うことで、急性医療とのより良い協調関係や安全性の改善が介護の質の向上につながる。一次医療との調整を改善することが、複数の慢性疾患を抱える高齢者の介護の成果を改善し、不必要な入院のリスクを減らすために重要である。LTCの専門家は、慢性疾患の把握や予防・安全メカニズムを優先する際に、他の医療専門家ともっとチームで協力していくべきである。例えば日本では、すべての地区にコミュニティ・ベースの総合的な介護センターを開設しており、ケアマネージャーが高齢者のための様々なサービスを調整している。
参考文献
[1] OECD (2020), Who Cares? Attracting and Retaining Care Workers for the Elderly, https://www.oecd.org/fr/publications/who-cares-attracting-and-retaining-elderly-care-workers-92c0ef68-en.htm.
[2] OECD (forthcoming), “The Economics of Patient Safety Part III: Long-Term Care”, OECD Health Working Papers, OECD Publishing, Paris.
[3] Stuart, R., C. Lim and D. Kong (2014), “Reducing inappropriate antibiotic prescribing in the residential care setting: current perspectives”, Clinical Interventions in Aging, p. 165, http://dx.doi.org/10.2147/cia.s46058.
担当
Stefano SCARPETTA (✉ stefano.scarpetta@oecd.org)
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