要旨

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、健康に対する包括的かつ統合的なアプローチの必要性を浮き彫りにした。大気質、水と衛生設備、廃棄物管理を改善し、生物多様性の保護に努めることによる環境衛生が向上すれば、パンデミックに対する地域社会の脆弱性を引き下げ、それにより、全体的な社会福祉と回復力(resilience)を改善する。外気と屋内空気が汚染されると、心血管系と呼吸器系の疾患、発育異常、若年死亡のリスクが上昇し、個人がCOVID-19に対してより脆弱になる。水の利用可能性と水質および生物多様性保護はパンデミックの蔓延に対する取り組みにおける重点であり、効果的な廃棄物管理は、医療と環境に対する二次的影響を最小限に抑制するために不可欠である。

1. コロナウイルス危機は、社会がパンデミックその他の非常事態に対するレジリエンスを強化する必要があることを明確に実証した。短期的には、諸国は公衆衛生システムを強化し、危機による直近の経済的影響に取り組むことに集中している。しかし、中・長期的には、社会の環境衛生、すなわち健康と福祉の中で環境要因により決定される側面の強化が、政府が現在設計しようとしている経済回復・刺激策の重点要素となる。大気、水、土壌、食品、その他の環境媒体中の有害な物理・化学・生物作用物質への人々の曝露を制限することは、将来のパンデミックに対する脆弱性を引き下げ、医療と福祉を改善し、公衆衛生システムに対する重要な補完策になる。

大気と水の汚染への人々の曝露を制限することが、将来のパンデミックに対する脆弱性を引き下げ、医療と福祉の強化に役立つ。

2. 今日の環境問題の多くが、OECD加盟国、非加盟国双方で、個人と地域社会の健康や暮らしに悪影響を及ぼしており、中でも強い影響を受けているのは高齢者や社会の非富裕層などの脆弱な集団である。大気質の改善により、COVID-19と同様のパンデミックに対する個人と地域社会の脆弱性を増大させる心血管系と呼吸器系の疾患が減少し、公衆衛生、福祉、レジリエンスに関するより広範な便益が生まれる。浄水と衛生設備の利用可能性を改善することにより、感染症の伝播を減らすことができる。廃棄物の発生、管理、リサイクルへの効果的に取り組みむことで、汚染された廃棄物の誤った取り扱いによる健康・環境面でのリスクを最小限に抑えられる。生物多様性の低下を食い止め、逆転させられれば、病原体の伝播から人間を守ることができる。

3. 危機はいまだに世界中で展開中であり、今後しばらくは進展し続ける中で、環境問題とCOVID-19との関連性に関する経験に基づく実証は、まだ表面化しつつある段階である。しかし、全体的な健康に関する優先課題の必須要素として、環境衛生の役割に関する理解を深めることは、現在のパンデミックからの回復および将来の同様の衝撃に対する準備という点で、政策対応のための情報提供に役立つ。また、そのような理解により、地域社会の全体的健康増進および社会のレジリエンス強化という意味で、重要な共通便益が生まれる。

 福祉とレジリエンスのための大気質の改善

4. 大気汚染は世界最大の環境衛生リスクであり、屋外の汚染による若年死亡が年間420万例、屋内の汚染による若年死亡が年間380万例、10人中9人が高レベルの汚染物質を呼吸していると推定される(WHO, 2020[1])。大気汚染にさらされると、心血管系、呼吸器系の疾患、発育異常、全体的な死亡率のリスク上昇など、短期的、長期的に健康面での多数の悪影響があることがわかっている(WHO, 2018[2])。大気質が改善されれば急性呼吸器疾患に対する回復力が高まり、広く社会的便益が生まれる。

大気質の改善は急性呼吸器疾患に対する回復力が高まり、広く社会的便益が生まれる。

 大気汚染は急性呼吸器系疾患に対する感染し易さを引き上げる

5. 大気汚染と関連する前提条件をもつ人は、SARS-CoV-2の影響に対してより脆弱である。1 大気汚染への長期的な曝露による健康被害は、呼吸器感染を予防する身体能力を減退させる。COVID-19の疫学の理解はまだ進展中であるが、米国で実施されたハーバード大学の研究では2 、COVID-19の患者の死因と、微小粒子状物質(PM2.5)への長期曝露と関連付けられた疾患との間に、かなりの重複が特定された。この研究では、高レベルの微小粒子状物質が存在する米国の州に数十年間居住した人が、微小粒子状物質が1単位少ない地域の人よりも、COVID-19により死亡する尤度が15%高いことが認められた(Wu et al., 2020[3])。これらの結果は、別タイプのコロナウイルスを原因とする2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の大流行中に、大気汚染への曝露により死亡リスクが劇的に上昇したという所見とも一致する(Cui, 2003[4])。しかし、今回の危機のの全貌が明らかになっていないこと、およびCOVID-19の症例と死亡率に関する十分にきめ細かいデータの不足により、現在、大気汚染濃度とCOVID-19の影響との関連性に関する疫学的エビデンスは不足している。

6. 大気汚染の主な形態である微小粒子状物質(PM2.5)3 への曝露は、それが肺と血流に深く侵入し、心血管系ならびに呼吸器系の疾患、 および若年死亡を引き起こすため、特に有害である。2011年以降のOECD諸国におけるある程度の進歩にもかかわらず、PM2.5に対する曝露は高水準を維持している。OECD諸国の3分の2の国々で、PM2.5に対する集団曝露平均値が、リスクの上昇といまだに関連付けられている10 μg/m3というWHOのガイドラインを超えている(図1)。多くのOECD諸国で、WHOのガイドラインを超える人の比率(%)が顕著に高い(図2)。

 
図1. 大気汚染に対する集団曝露は多くの国々でWHOのガイドラインを超えている
微小粒子状物質(PM2.5)に対する集団曝露平均値(マイクログラム/立方メートル)、2017年
 
図2.かなりの人口比率が大気汚染に曝露している
WHOガイドライン(10マイクログラム/立方メートル)を超える濃度の微小粒子状物質(PM2.5)に曝露する人口比率、2017年

注:図は環境中(屋外)のPM2.5を示している。国によっては、住宅(屋内)の汚染が重要な要因である(例えば、暖房と調理のためのバイオマスの燃焼による)。世界の他諸国および住宅内のPM2.5に対する曝露に関するデータは、OECD.Statに掲載されている。

出典:OECD (2020) Environment at a Glance:Air quality グローバル疾病負荷の推定値を使用。

7. 世界的に、環境中のPM2.5に対する曝露は、より良い政策がないと仮定すると、2060年に年間600~900万例の若年死亡を引き起こすと予想される。OECD諸国では、PM2.5による若年死亡率の福祉費用は、平均でGDPの約3%に相当する。より強力な政策的措置を講じない限り、若年死亡による年間福祉費用は、2060年までにOECD諸国で2倍以上、非OECD経済圏では10倍に達すると予想される(OECD, 2016[5])。

8. COVID-19パンデミックへの対応として実施された対策により、世界の多数の地域で屋外の大気質が大幅に改善し、その結果生命が救われると考えられるが、これらの良好な影響はおそらく一過性に終わる。経済がパンデミックから回復し始めると、空路、都市内・都市間の人の移動、工場の生産量の回復により、屋外の大気汚染が増加する(パンデミックへの対応策により誘発された旅行関係の行動の変化の一部が残るかどうかは、現時点では不明であるが)。同時に、外出禁止策により、屋内空気汚染に対する曝露が増加する可能性がある。多くの人がいまだに調理と暖房のために汚染性の燃料に頼っている開発途上国では、これは特に重要である(Bannerji, 2020[6])。さらに、換気システムがない、または不十分な建物や小規模店舗に関し、屋内空気汚染が問題になる。病院を含め、換気が不十分な建物内での人の循環も、COVID-19その他のウイルスの伝播を助長する(Xu, 2020[7])。

 きれいな空気は広範な社会的便益を生む

9. 入手可能な実証により、大気質改善の努力が健康の急速な改善につながり、それは曝露低下後わずか1週間で認められることがわかっている(Schraufnagel et al., 2019[8])。例えば、2008年北京オリンピックまでの大気汚染の削減は、住民の間で炎症バイオマーカーの低下および出生体重の増加という結果をもたらした。その後、汚染レベルが元に戻ると、これらの指標は悪化した(Mu, 2019[9])。この経験は、COVID-19のような衝撃的な出来事が続く間、大気汚染防止規則を維持することの重要性を強調しているが、一時的な大気質の改善を見て、また、規則などに要するコンプライアンス費用を削ろうとする動きにより、そのような規則を緩和する方向の圧力が出現する可能性がある。

10. 良好な大気質には、COVID-19と同様のパンデミックに対する個人と地域社会の脆弱性を引き下げる可能性というメリットだけでなく、公衆衛生、福祉、回復力に関するより広範な便益を生むというメリットもある。大気汚染の低減により、作物、森林、生態系、建物に対する損害が減少する。また、大気汚染と気候変動は密接に関係するため、気候変動への取り組みを後押しする可能性もある。温室効果ガスの主な原因(電力、産業、交通部門での燃料燃焼)は、大気汚染の主な汚染源でもある。一方、大気汚染は大気の温暖化を促進する 。4加えて、大気汚染に関係する病気が減り、その結果、治療に使われる医療費が減り、病欠の減少により労働生産性への影響が軽減されるため、大気質の改善は多大な経済的便益をもたらす。きれいな空気による経済的福祉便益は、米国ではコストの30倍以上、米国よりも規制が厳しい欧州では14倍以上に達することが実証された(Amann, 2017[10])(Sullivan, 2018[11])。

11. 経済活動が回復するにつれ、大気質を改善し、環境衛生およびレジリエンスを強化するための努力において、交通部門と産業部門は不可欠な役割を果たし続ける。交通部門では、テレワークやテレビ会議、ビジネスモデルの変化の増加など、交通部門からの排出量の削減につながる可能性がある行動の変化を含め、パンデミックが数々の取り組みのきっかけとなる可能性がある。一方、感染に対する恐怖心から、公共交通機関の回避と1人乗りの車への依存が生じ、それが排出量の大幅な増加を引き起こすことが考えられる。景気刺激策では、よりクリーンな集合的車両の利用を奨励し、自家用車の所有と少人数での車の使用を基本とする既存の移動パラダイムへの固定化を避けるよう呼びかけるべきである。産業部門の場合、全世界が経験した深刻な需要ショックに直面する中で、生産と雇用を再開し、活性化することが直近の優先課題であることは明らかである。同時に、よりクリーンな生産が企業と地域社会に経済的便益を提供し、持続可能性への配慮が、今後の産業の健全性にとって不可欠であることが認識されている。回復および景気刺激策は、よりクリーンな生産と大気を汚染する排出量の継続的削減の必要性を強める機会を提供する。

 
政策で可能なこと
  • コロナウイルス危機の最中と危機後に、既存の大気汚染規制の施行を継続する

  • 大気質の目標を達成するための包括的な戦略を策定する。これには土地利用計画、交通、環境政策の統合改善、移動汚染源と固定汚染源からの汚染に取り組むための経済的手段の導入、モニタリング・ネットワーク全体のデータの収集と品質の改善を通じた目標達成を含む。

  • 財政支援策を公共交通機関に提供し、機能と品質を強化する(混雑を緩和し、よりクリーンな設備を推進することに重点を置く)。

  • よりクリーンな生産方法を開発し続けるよう企業に奨励し(特に、大気汚染物質の排出量に関して)、それらの開発を支えるために経済的・規制的手段の使用を強化する。

  • 特に冬になりつつある地域に、また、薪の燃焼に頼っている人たちに、外出禁止中に適切な換気と屋内空気の質を確保する必要性を明確に伝える。コロナウイルス危機後、将来に起きる可能性がある疫病に対するレジリエンスを改善するために、よりクリーンな暖房・調理システムの普及を支援する。

 浄水と衛生設備の利用しやすさと事業の財政的持続可能性の確保

12. SARS-CoV-2の伝播は水および衛生設備と密接に関係する。ウイルスの伝播を予防し、健康維持を助けるための重点的な推奨の1つが、定期的な手洗いであるが、これは多数の開発途上国では特に難題である。5現在、世界人口のかなりの部分が、健康と清潔な生活を支える水と衛生サービスを利用できない状態に置かれている。さらに、医療危機とそれに伴う経済危機により、予算面でのプレッシャーが原因で、必要不可欠なサービスを提供するための上水道事業者の能力が低下する場合がある。排水は、地域社会内でのウイルスの発生率に関する有用な情報を提供する可能性もある。研究により、都市排水処理場でのSARS-CoV-2のスクリーニングが、パンデミックの展開を追跡し、さらには大流行を事前に検出する上で、重要な役割を果たす可能性があることが示唆されている (KWR, 2020[12])。

手洗いは、ウイルスの伝播の予防にとって重要である。しかし、現在、開発途上国の多数の住民が、水と衛生サービスを利用できない状態に置かれている。

 浄水と衛生サービスの利用しやすさは公衆衛生および感染症伝播の抑制の重点

13. 世界的に、安全に管理された飲料水供給サービスの利用可能性が推定22億人で欠如し、42億人が安全に管理された衛生サービスを利用できない(WHO and UNICEF, 2019[13])。開発途上国にとって、これらのサービスを利用できるようにすることが最優先事項であり、特に、しばしば水汲みの責任を負い、衛生設備の利用可能性の不備に最も苦労する女性に配慮すべきである。6先進国の世帯の大半が、安全な水を供給するサービスを利用できるが、これはホームレス、非公認居住地、貧困世帯などの脆弱な集団には当てはまらない。

14. さらに、WHOとUNICEFの推定によれば、世界で30億人が自宅にアルコール手指擦式消毒剤や石鹸と水などの衛生用品を置いておらず、医療施設5カ所のうち2カ所の治療現場に手指衛生製品が用意されていない(WHO and UNICEF, 2019[14])。加えて、進行中の非常事態による供給不足により、手指衛生製品がさらに入手しにくくなった。

15. 安全に管理された飲料水と衛生サービスを誰にでも利用できるよう提供するためには、相当の時間と資源が必要であるが、アルコール手指擦式消毒剤などの形の手指衛生製品を提供するなど、短期的なオプションも採用できる。水と石鹸での手洗いが不可能な場所では、洗浄剤と少量の水を混合した液状石鹸溶液を使用できる。加えて、医療センター、学校、交通拠点、その他の公共施設で、安全な水と手指衛生製品をいつでも提供できるようにすべきである。

 支払能力問題の深刻化が予想される

16. 医療危機の経済的影響は、ほぼ間違いなく平均的な世帯の収入に影響を与え、一部の世帯および水道と衛生設備事業に関し、支払能力問題が拡大する。キャッシュフローの減少と地方自治体予算に対するプレッシャーが相まって、事業の資金繰りへのプレッシャーが生じ、必要不可欠なサービスを提供し続けることが負担になる。ここでの課題は、支払いが不可能な世帯による利用を保証しつつ、事業の収益を確保し、設備投資および保守作業へのタイムリーな支出を維持することである。

17. 一部の国では、COVID-19パンデミックへの対応として採用された債務救済策に、世帯への直接的支援を盛り込んでいるが、世帯の全体的負担という文脈で、水道料金に関係する支払能力問題が生じている場合は、直接的支援でそれに対応すべきである。さらに広く考えると、最善のオプションは、水の供給および衛生サービスの真のコストを反映する公共料金請求方式を適用し、対象を定めた社会的対策を通じて支払能力問題に取り組むことにより、サービスを提供する事業の財政的存続可能性の弱体化を回避することである。資金援助を必要とする世帯を特定するための行政能力がない国では、社会的料金および適応料金構造を検討することができる。現在の危機を背景として、支払いがなかったことによる供給停止(または利用性の低下)は特に有害であり、医療リスクと貧困世帯の苦難を潜在的に増大させる。社会的対策により公共事業の収益が減少する場合、現在と将来、都市でも地方の環境でも同様に、確実に事業を継続し、顧客に安全な水と衛生サービスを供給し続けるには、公的支援を必要とする。

18. 長期的には、水関連インフラの整備と近代化への投資を支援するための公的支援を経済対策として検討すべきである。水の安全保障は持続的成長に寄与し、また、飲料水の媒介による感染症(コレラ、エボラ出血熱、および溜り水の中で成長する蚊により伝播するすべての疾患)を含む将来の疫病のリスク低下に寄与するため、水の供給と衛生、水関連リスクの軽減(水不足、過剰水、汚染水のリスク)を、世界、国、地方の投資計画の重点とすべきである。

 
政策で可能なこと
  • 脆弱な集団に特に配慮し、例えば水飲み場や公共給水栓などを通じ、安全で信頼できる水と衛生サービスの提供を確保する。水の安全性を改善するために実施する対策に関し、明瞭に伝達する。

  • すべての公共建物および交通拠点で、手指衛生所(石鹸での手洗いまたはアルコール擦式消毒剤での手の消毒のため)を利用できるようにする

  • 対応および回復努力では、対象を定めた社会的対策(例えば、世帯への直接支援の一部として)を通じ、世帯の水道料金支払能力の問題に取り組み、必要不可欠なサービスを供給する事業の財政的存続可能性を、必要に応じて支援する。

  • 長期的には、水関連インフラの整備と近代化への投資を支援するため公的支援を経済対策として検討し、実施可能であれば民間部門からの投資を活用する。

  • 廃水処理システムを利用している人々の健康状態に関する早期警戒システムとして、廃水処理の前に廃水中のSARS-CoV-2の組織的なスクリーニングと情報共有を行い、地域社会の隔離や対象を定めたモニタリングの強化などの対応策に、その情報を利用する。

 廃棄物の発生、管理、リサイクルに取り組む

19. 現在のパンデミックは、廃棄物の発生、管理、リサイクルの実務面でも課題を提起している。政府は医療、家庭、その他の有害廃棄物を含め、健康と環境に対する二次的影響の可能性を最低限に抑えるための緊急かつ不可欠な公共サービスとして、廃棄物管理を扱う必要がある。

COVID-19による健康と環境に対する二次的影響の可能性を最低限に抑えるために、効果的な廃棄物管理が不可欠である。

 大量の医療廃棄物および有害廃棄物は、安全で環境的に健全な廃棄物処理を妨げる場合がある

20. 医療廃棄物は疫病の大流行で急増し収集または処理が適切に行われないと、疾患の蔓延を加速し、医療従事者、患者、廃棄物収集・処理員にとり重大なリスクになる場合がある。医療廃棄物および有害廃棄物は、感染したマスク、手袋、その他の個人防護具(PPE)などである。したがって、健康と環境に対する悪影響を防ぐためには、この廃棄物の安全で環境的に無害な取り扱い、処理、最終処分が不可欠である。

21. 例えば、武漢での大流行のピーク期間中、同市は1日240トンの医療廃棄物を扱ったが、大流行前には、それは1日40トンだった(Zuo, 2020[15])。医療廃棄物処理施設は、例えば乗客が検査で陽性と判定されて隔離された航空機やクルーズ船など、普通とは異なる発生源から持ち込まれる廃棄物にも直面した。

22. 医療廃棄物は指定容器・袋に安全に収集してから、安全に処分もしくは処理するか、またはその両方を行わなければならない。また作業員に適切なPPEを提供し、接触感染を防ぐために、正しい脱ぎ方・外し方を教えられなければならない。ベストプラクティスとして、そのような廃棄物を安全に処分するために、すべての統括レベルでの責任分担、十分な人材および資材の割り当てを行う(WHO, 2020[16])。

 人々を守るには家庭廃棄物の管理が不可欠

23. COVID-19の緊急事態中、家庭廃棄物も正しく管理する必要がある。まず、洗浄・消毒による廃棄物の発生が増加した。同時に、未使用の薬品などを含む医療廃棄物が、分別処理・処分すべきなのに家庭ごみに容易に混入する。

24. 初期研究により、SARS-CoV-2が段ボールやプラスチックなどの材料の上で数時間さらには数日まで生きることができ、したがって、ウイルスが付着した表面または物体に触れた後、自分の口、鼻、目に触れることで、感染が起きる可能性があることが示唆されている(van Doremalen et al., 2020[17])。このため、廃棄物とリサイクルの作業員は、ウイルスに曝露するリスクに直面する。このため、一部の自治体では収集方針を変更し、リサイクル可能ごみと家庭ごみの収集・分別を全面的に中止した例もある。また、瓶のデポジット払い戻し制度を導入している国では、対人距離の確保と自主隔離が原因で消費者が瓶を返却しないため、収集量が減少した。これはリサイクルのための使用済み瓶の供給減少にもつながる(Barrett, 2020[18])。

25. 不適切な管理とリサイクルから、健康に対する長期的影響が派生し、危機前に国が導入したプラスチック削減およびリサイクル対策が後退してしまう可能性がある。使い捨てプラスチック(SUP)に対する、認識されていた役割と一般の人の考え方が、危機中に変化した。いくつかの理由で、消費者によるSUPの使用量が以前よりも増加している。ウイルス感染リスクを減らすという点で、SUPの方が安全と認識されることに加え、危機中も引き続き営業しているが、テイクアウトとデリバリーというオプションのみに限定されたレストランなどの事業者にとり、しばしばSUPが唯一のオプションになっている。この論法に従い、再利用可能なバッグは非衛生的とみなされるという議論が続く中で、一部の国は使い捨てレジ袋の使用禁止令の免除または延期を導入した。

 
政策で可能なこと
  • 適切な特定、収集、分別、保管、輸送、処理、処分を通じて生物医学廃棄物および医療廃棄物を効果的に管理し、これらの潜在的な有害廃棄物の流出による健康と環境への影響を確実に削減する。

  • 公式・非公式両方の廃棄物収集および管理システムに携わる作業員に対する指導と研修を行う

  • プラスチック削減・リサイクル対策を維持する。

  • 長期的に、経済対策を通じて廃棄物管理システムを強化し、高度に汚染された廃棄物という課題に取り組む。

 生物多様性の喪失を食い止め、逆転させる

26. 人間は世界の生態系の大半を変貌させ、陸地、海洋、その他の水生生息地を破壊し、劣化させ、分断化し、それらの役割を蝕んできた。このような干渉、特に自然生息地の破壊および野生生物取引は、感染症の宿主および媒介動物の存在量とそれらの間の相互作用を変えてきた。自然生息地の破壊および野生生物との接触の増加により、動物原性感染を通じ、人間がウイルス保有動物に曝露する。SARS-CoV-2の起源はまだ確定されていないが、生息地の乱開発および野生生物取引が疾患の伝播において重要な役割を果たすことは明らかである。

 生物多様性に対する脅威が将来の病原菌の大流行のリスクを悪化させる

27. 森林破壊、生息地の劣化と分断、農業の集約化、野生生物取引、気候変動など、人による生物多様性に対する干渉は、病原体が動物から人間に移るための条件作りを助長する。動物原性感染症、つまり動物から人に移る病原体が、人間での新しい、または新たに出現する疾患の4分の3を占めると科学者は推定する(CDC, 2017[19])。エボラ出血熱、HIV、デング熱、SARS、MERS、ジカ熱、西ナイル脳炎という最近の記憶に残る多くの致命的な病原体が、この種間移動という形を取った。

28. 現在のCOVID-19世界危機は、感染症の伝播と生物多様性との複雑な関係性への注意を促す厳しいメッセージである。生物多様性の低下は幅広い病原体の伝播と関連付けられ、一方、土地利用の転換と野生生物取引により、潜在的な新疾患と人との接触が増加する。乱獲(例えば狩猟と野生生物取引による)または生息地の縮小(例えば森林の分断、造成、農地への転換などの景観の変質)により個体数が減少した絶滅危惧種は、他の理由で絶滅危惧種に分類された種と比較し、倍以上の動物原性感染症ウイルスを有する(Johnson et al., 2020[20])。

29. 特に食品系(food system)は、動物と自然環境の間の関係性を通じ、主要な潜在的疾患要因になっている(例えばクロイツフェルト・ヤコブ病や鳥インフルエンザ〈H5N1〉)。土地利用の変化は、農業の拡大と集約化を通じ、生物多様性に対する重要なプレッシャーである。作物と動物品種の均一性と集中も、病原体の伝播を助長する。したがって、このリスクを制限するため、また、回復力と食料安全保障を確保するためにも、食品系が変化に適応する必要がある。

30. 生物多様性と生態系サービスが提供する便益は膨大であり、疾病予防をはるかに超えて、作物の受粉、浄水、洪水対策、炭素隔離、空気の浄化などが含まれる。きれいな空気はCOVID-19で頻繁に見られる急性呼吸器症状のリスクを低減させるために重要である(前述の福祉とレジリエンスのための大気質の改善を参照)。世界を最も網羅している推定値によると、生態系サービスが年間125~140兆米ドル相当の便益、すなわち世界のGDP規模の1.5倍以上を提供している。生物多様性に関する無策の代償は高い。1997~2011年に世界が失った生態系サービスは、土地被覆の変化により年間4~20兆米ドル相当、土地の劣化により年間6~11兆米ドル相当と推定される(OECD, 2019[21])。

31. 森林破壊への取り組みを含め、効果的な生物多様性の保護と持続可能な使用は、動物原性感染のリスクを下げると同時に、既存の豊かな生態系サービスを維持するためにも役立つ。国際連合生物多様性条約に基づく野心的で効果的に実施された「ポスト2020生物多様性世界枠組」は、将来の疾患の大流行を緩和するために役立つ政策変更のための場である。政府は生物多様性保護のための一連の政策手段を拡大し、生産者と消費者の意思決定への生物多様性の反映を確実に改善するために、経済的誘因を正しく設定する必要がある(OECD, 2019[21])。例えば、政府は自然生息地のかく乱というリスクを冒そうとするとき、動物から人間への感染による代償を考慮すべきである。

32. 企業と投資家も、財・サービスの生産のために生物多様性と生態系サービスに頼っているが、生物多様性対策に関する企業の認識とコミットメントは、あまりに低い水準にとどまっている。企業は生物多様性とそれが提供する生態系サービスの保護を助けるために、重要な責任を負う。サプライチェーン全体を含め、事業活動全体の環境リスクに関し、企業がデューディリジェンスを確保できるよう、OECDは推奨とガイダンスを提供している。7

 
政策で可能なこと
  • 国際連合生物多様性条約に基づく野心的で効果的な「ポスト2020生物多様性世界枠組」を支援する。

  • 森林の保護など、生物多様性の保全、持続的利用、および違法で管理が不十分な野生生物取引への取組みに対する経済的なインセンティブを創出するために、政策手段を拡大する。

  • 生物多様性を経済部門の主流に組み込み、農業部門を含め、生物多様性に対して有害な助成金を改革する。

  • 責任あるサプライチェーン管理を通じて行うことを含め、企業および投資に関する意思決定に生物多様性要因を統合する。

参考文献

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https://news.trust.org/item/20200414122042-jc9jj/. [6]

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担当

Anthony Cox (✉ anthony.cox@oecd.org)

Alexa Piccolo (✉ alexa.piccolo@oecd.org)

1.

SARS-CoV-2はウイルスを指し、COVID-19は疾患を意味する。

2.

執筆時点では、この研究は研究成果報告書であり、まだ査読を受けていない。

3.

微小粒子状物質(PM)は化学物質(二酸化硫黄や窒素酸化物など)、土壌、煙、粉塵、アレルゲンの微小粒子で構成される。PM2.5は微小な吸入可能な粒子を指し、直径は一般に2.5ミクロン以下である。

4.

気候変動とCOVID-19に関する次のOECDポリシーブリーフがまもなく発表される。

5.

More than one-third of West Africans have no handwashing facility at home.(西アフリカの住民の3分の1以上が、自宅で手洗いをする設備を持っていない)を参照。

6.

Women at the core of the fight against COVID-19 crisis.(コロナウイルス危機との戦いの前線にいる女性たち)を参照。

7.

COVID-19 and Responsible Business Conduct(COVID-19と責任ある企業活動)を参照。

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